美佳倶楽部誕生までの道のり!!その2の巻き!!

 

そのルーメイちゃんをトレードするという行動を、ポンちゃんと私は真剣に考え、そしてある大きな行動に出ることになってしまったのです。それは、ずばり、ルーメイに転職?!を勧める話をすること、、。つまり、転職先は私の家で、私の家に毎日出勤して頂く!!ということなのです。

 

 

もちろん、私達は、会社を経営しているわけでもありませんし、ルーメイはホテルで立派なお仕事をしていますが、その熱心な仕事ぶりに私とポンちゃんが惚れ込んだということがあります。そこから、私達の深いご縁が始まったわけですが、

 

 

『美佳倶楽部』の夢は果てしなく大きく広がっていて、当時の私の気持ちとして、いずれは10年後でも20年後でもいいから、凄く凄く!!超小さくてもいいから、日中文化交流の会社を作って、気心の知れた中国の人達と、色んな事を楽しみながら、美佳倶楽部をいつか『美佳公司(めいちゃあこんすう)』?!という会社に成長させて、、、そして、、、お客様に楽しんで頂ける中国人と日本人との文化のコラボレーション?!を展開出来たらどんなに楽しいだろう!!とお目目に星印がくっきりと出てしまうくらい、夢を見ていました。

 

 

この頃の美佳(めいちゃあ)は、夢見る乙女?!として、この治安の悪い新鮮な深せんの中で、明日を夢見て、生きておりました。

 

 

ところがどっこい、この夢が果てしなく、果てしなくとめどもなく果てしなく大変な事だと、そんな甘いものでは無いということを、痛切に実感する事件に、この後何度も何度も出くわすこととなるのでした。

 

 

人生苦もありゃ、苦ばかり?!♪♪〜♪と、水戸黄門さまのテーマソングを勝手に替え歌して、深せんの恐い道中で日本語で泣きながら一人大声で歌って、ストレスを発散した日もありました。

 

 

そんな日が来るとはつゆ知らず、ルーメイちゃんに、美佳倶楽部への転職?!を何度か勧めていきました。

 

 

『ポンちゃん、やっぱりルーメイは来てくれるはずないよねえ、、。ホテルのようなサービス業の仕事がまさに天職のような子だものねえ、、。この先まったく海のものとも山のものともどうなるのか分からない、とっても変わり者の?!日本人とタックルを組んで、私の夢を一緒に追いかけてくれるような、そんな恐ろしい先の見えない選択をするわけないよねえ、、。』と、いつもの如く?!常識的で生真面目な典型的なA型?!の私が不安げに尋ねると、同じくA型のポンちゃんから、意外な答えが返ってきました。

 

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